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2020年8月17日月曜日

古切手のなかのコンゴインコ

 日本から失礼します。
キンシャサにいるとき、コンゴインコを飼っていました。


説明を追加


2014年6月18日にわたしのヨウム、ポンと一緒に撮った写真です。しっぽの先だけが鮮やかな朱色で、体毛はグレーでした。

コンゴインコとは言わずに、”ヨウム”と言っていました。現地語のリンガラ語で、”チャクゥ”と言っていたことを思い出します。

チャクゥは、人間の言葉を話すだけでなく、しっかり理解してコミュニケーションを取れる賢鳥だと言われていましたが、我が家の「ポン」は最後まで一言も話さず、一芸たりともせず、わたしたちに決して懐くこともせず、特に男性には攻撃的でさえありました。
くちばしや足の爪がとがっているので、ポンを移動させるときには夫は皮手袋をはめて捕まえ、もうギャーギャー泣き叫んですごい格闘を繰り広げるのでした。
わたしは餌を水をかごの中に入れるときは、素手を入れて取り換えていました。
それでも、怯えてかごの端っこにいるのでした。
きっと、捕獲のときにものすごい怖い思いをした経験が体に染みついているのだろうと夫と話しました。
お隣の日本人ドクターのところのチャクゥも話芸も何もしませんでしたが、おとなしいチャクゥでした。
かれのチャクゥも、我が家のポンも、わたしたちが帰国の時、日本人の友人宅に引き取られましたが、最終的に、我が家の運転手として勤務していた穏やかなコンゴ人家庭のところに行きました。

そして、今年の初め、運転手から夫のメイルに連絡が入り、ポンが亡くなったことを知りました。人間と同じように70年、80年は生きると言われるヨウムですが、かれは多分10年も生きなかったと思います。最後まで、人には、特に男性には懐くことはなかったそうです。

かわいそうなポンでした。
コンゴ、カメルーン一帯に生息し、賢鳥だということでペットと乱獲されて絶滅危惧種になっているそうですが、キンシャサの緑と池の多いゴルフ場を群れを成してのびやかに独特の鳴き声を発しながら飛んでいたヨウム達のことを思い出します。
今も、ことあるごとに我が家のポンを思い出して、胸が痛むのでした。


さて、昨日、この10年近くの間に集まって切り取っていた外国の古切手を、整理して切手収集帳に収めようと思い立ち、行動に移しました。
切り取った古切手を1,2時間、浸水すると自然に紙からはがれます。
流水で糊成分をよくとってから、平たいものの上に水でぬれた古切手を並べて乾かします。
乾くと、これまた自然にはがれて行きます。
そのままにしておくと、紙なのでぼよんぼよんに波打っているし、完全に水分を取る意味でも紙にはさんで軽く重しをして、平たくしてしっかり乾燥させると出来上がりです。



これは、ビニル板に貼って乾燥中の外国の古切手たち(一部!)です。きれいでしょう!
わたしは、こうやって小さいときから古切手を集めて、図柄の美しさを楽しんでいました。
これも、わたしの父が教えてくれたことだと思います。

家族で1992年に中央アフリカ共和国のバンギに滞在した時からは、子どもたちも一緒に古切手のこういった作業をして、収集が始まりました。

日本の切手も世界からの切手も、季節を感じ、どこの国からのものなのかを知ることも楽しいものでした。

この古切手たちの中に、チャクゥ、ヨウムの切手を見つけられますか。

・・・・・。
上から2段目。左から5枚目です。



これです!
カメルーンからの切手ですが、どのようにして我が家にやってきたのかは覚えていません。


わたしのポン!
おかえり!

2014年9月12日金曜日

こぼれ話3 ː キンシャサにはいなかった蝉

わが家のトイレの陶器製の蝉の掛け物

南仏では、蝉は幸せを運ぶ昆虫だと考えられている、ということはいつかのブログに書いたことがある。
南仏の店では、いろいろな陶器製の蝉の壁掛けが売られていて、本当にバラエティー豊かで楽しい。上の部分が開いていて、壁掛け型花瓶としても使えるようになっている。
わたしは南仏を訪れると、ひとつずつ、そんな陶器製の蝉を買い集めている。

というのも・・・。
何年も前のある夏の夜。
わたしは蝉に追いかけられたおかげで、頭の疾患を見つけることができ命を救われたということがあったのだ。

周囲の人たちから、あのしつこくわたしを追いかけた蝉は亡くなった母だったのだ、と言われたりもした。
亡くなった母が、わたしを病院で脳の検査を受けさせるために、蝉になってわたしを追いかけたのだと。

そんなことがあった後、南仏では蝉は幸せを運ぶ昆虫だと言われていることを知り、蝉はわたしの守り神のような存在になった。

そして、キンシャサへ。
コンゴは常夏の国だし、さぞかし、蝉がたくさんいることだろうと想像して行った。

ところが。
想像に反して、蝉の鳴き声がまったく聴こえない。
1月1日にキンシャサに到着して、2月になっても3月になっても、とうとう1年間蝉の姿を見ることも鳴き声も聴くこともなかった。

わたしは事あるごとに、あらゆるコンゴ人に、”蝉”のフランス語の単語、”la CIGALE” を使って、「コンゴに蝉、”la CIGALE”が生息するのか。」、と尋ね回った。
そして、異口同音、皆決まってこう言うのだった。

「CIGALE.。いますよ。リンガラ語でリケレレ、あるいはマケレレと言います。」

だったら、なぜ、蝉の鳴き声が聴こえないんだ?
不思議でならなかった。

ある時、日本にも何年か滞在した経験のあるコンゴ人のマダムに訊いてみた。
十代に日本にいただけあって、日本を離れて20年は経っているだろうに日本語は未だ衰えていないし、所作がまた日本人っぽい女性だった。

ションタルさん。キンシャサに、蝉、っている?

いるよ。
夜にリーンリーンと鳴く虫でしょ?
ん???
美味しいんだよ~。
んん?????

そう言うかのじょの蝉の説明を聞いていたら。
なんだ、それは、こおろぎだった。
リンガラ語で、単数形だと”Likelele”、複数形だと”Makelele”。
リケレレ。マケレレ。
乾季の終わる頃に降る雨を「こおろぎ雨」(”MBULA ya LIKELELE”)と言って、その頃にこおろぎの旬を迎えるのだと、かのじょは自慢げに教えてくれた。

あのね、それは蝉じゃないから。
こおろぎ、だから。

コンゴ人全員が、”la CIGALE”(フランス語で”蝉”)を、母国語のリケレレ、マケレレと思い間違いをしているようなのだ。フランス語で、こおろぎ、”le GRILLON”(グリヨン)って単語、あるんだけどね。

ちょうど今、グッドタイミングにラジオから、どこぞのこおろぎの鳴き声です、と流れてきた。
ふむ・・・。
こうやって聴いてみると、こおろぎの鳴き声と、蝉の鳴き声。
似てる、かも。
日本人は、夏のカンカン照りの太陽の下で鳴くのはセミで、秋の夜長のひんやりした草むらで鳴くからコオロギだ、とシチュエーションで鳴き声を識別しているだけなのかもしれない、とも思えてきた。
・・・なんて。

ともあれ。
わたしがそう説明しても、かのじょはピンと来ないような表情をしていたことを懐かしく思い出す。
かのじょは、外務省勤務の父親の転勤で海外に暮し、コンゴ人と結婚して二児の母親になっても、自分の国に馴染めないでいるようだった。
家族でイギリスに行きます、と言って別れたのが最後だったが、ションタルさん、どうしてるかなあ。

日本で蝉の鳴き声を聞いたのは2011年の夏以来、3年ぶりだった。
そして、蝉の鳴き声に更に暑さを感じて、「あー!!夏だー!!」と実感したことだった。

9月も半ば。今も遠くでときどき蝉の鳴き声が聞こえてくるが、もう、強い日差しの下での伸びやかな鳴き声ではない。
そろそろ、蝉の季節も終わりだな。

2014年8月3日日曜日

L’éléphant vert: スイミーと、キンシャサのンブンジ

キンシャサのゴルフ場でいつも出会う、ンブンジという小人のような小さな小さな小鳥がいる。そして、かれらはいつも集団で飛んでいた。
そんなかれらの姿と重なるのが、「スイミー」の物語だった。
そんなことをキンシャサからの最後のブログにつづってみた。

8月3日、今夜の便でキンシャサを発ちます。
まだまだ書いておきたかったことは、キンシャサ・こぼれ話として、更新していきたいと思います。
もうしばらく、お付き合いくださいませ。
2年半ちょっとの間、どうもありがとうございました。


L’éléphant vert: スイミーと、キンシャサのンブンジ: 娘が小学校2年生のときの光村図書出版の国語の教科書に「スイミー」の話が載っていた。 黒い小さな魚のスイミーは、とても賢く泳ぎも得意だった。 かれだけ黒くて、兄弟たちは赤い。 ある日、兄弟たちが大きな魚に食べられてしまい、スイミーひとりぼっちになってしまう。 ひ...

2014年7月14日月曜日

パルミエの木

乾季に入ってそろそろ2ヶ月。
キンシャサ上空は厚い雲に覆われ、太陽が出ないから気温が上がらない。
今年の乾季は例年よりも冷えると誰もが言う。
今朝も運転手が長袖のトレーニングウエアを着て、ファスナーをしっかり首の上まで閉めて肩をすぼめて運転席に座っていた。寒い寒いといいながら。


さて今日の本題へ。
ヨウムのぽんを養子に出して3週間が過ぎた。
ぽんの大好物のひとつが、パルミエpalmierの実 ”noix de palme”だった。
この脂質たっぷりの赤い実のお蔭で、ヨウムのしっぽの鮮やかな赤色が保たれるのだと聞いたことがある。
(パルミエの実からできるパーム油は、コンゴ人の食生活において欠くことのできない食材だ。)


パルミエの実 poix de palme


コトー通りのアパートの隣人、清水ドクターのお宅にもヨウムがいて、清水ドクターがパルミエの実は種なのだから、土に埋めたら芽が出るはず、と思って植えたら、はい、芽が出ました~、と言われて、ドクターが日本に帰国されるときに鉢植えのパルミエの幼木を譲り受けた。
最初、縦じわを持つ濃い緑色の広い葉が1,2枚出ているだけだった。
8ヶ月ほど前のことだ。


左の鉢植えがパルミエの幼木(6月中旬)

そんな感じで、葉はパルミエ(日本ではパームヤシ?)とはほど遠い形だった。
蘭の葉のようだったし、寿司の盛り合わせに使われる”バラン”の葉を彷彿とさせた。

ところが、そのうちに葉の先端が二つに分かれ、それから葉のすじが深くなって、下部から細く割れていったのだった。

最初、バランのような一枚の葉だった!
しばらくして、葉の先端が2つに分かれてきた!
先端が2つに分かれたと思ったら、下のほうから葉が細く割れていった!


なんとびっくり!
ここまできたら、やっぱりこれはパルミエの木(パームヤシ)だ、と分かってくる。

現在住んでいるアパートのお隣の通路にも、パルミエの木の植木が置かれている。


隣人の通路に置かれたパルミエの木

もうしっかり葉は細く割れている。
(わたしのパルミエの幼木も、これくらい大きくなるまで手元に置いて育てたかったな。)

コトー通りのアパート敷地内にもパルミエの木が植えられていた。
キンシャサ中、あちこちでパルミエの木を見かける。

コトー通りのアパートのパルミエの木

また、ゴルフ場には、パルミエの木がたくさんだ。
下の写真は、ゴルフ場18番ホールのティーアップスペース近くに理路整然と続くパルミエの並木道だ。

18番ホールティーアップスペースから眺めるパルミエの並木道

9番ホール左側のパルミエ林


キンシャサのゴルフコースの土地は、コンゴ政府所有の土地で、政府から借り受けているものだそうだ。
その昔、ここは、パームヤシ油採取のためのプランテーションをしていたのではないか、という人もいる。それくらい、たくさんのパルミエの木が等間隔に整然と植林されている。
そして、ヨウムの好物のパームヤシの赤い実がたくさんあるから、ゴルフ場には野生のヨウムが集まってくる。
赤い実がたわわに実ると、人が木に登ってどっさりと丸ごと実を取って荷車に載せて運んでいる。


また、10mくらいまで伸びたパルミエの木の下枝の処理のために、コンゴの人は幅広の帯状の布を輪にしたものを枝に付けてひょいひょいと体重移動してその帯をずらしながら木によじ登っていき、枯れた枝を切り落とす作業をしている。
枝処理をしていかないとまっすぐ伸びていかない、とか?

ゴルフ場には、まだ子どもの背丈ほどのパルミエの木から、幹に苔が生えたり、寄生植物が生えたりして10mほどに伸びた老木まであちこちに立っている。

ある程度まで大きくなったパルミエの木の枝の真ん中から新しい枝が出ているが、しっかり硬い枝だ。幼木の蘭のような柔らかい葉からはほど遠い、”硬い尖った棒”のような新しい枝が出ている。


清水ドクターからパルミエの芽の植木を譲り受けていなかったら、パルミエの最初の葉が割れていくことなんて知らないままだったはずだ。自然の不思議だ。
その、自然の不思議に深く感動し、その感動をおすそ分けしたくてブログに書いてみた!


2013年10月21日月曜日

コンゴフラン紙幣に描かれた動物たち~その4(最終編)

今回で、「コンゴフラン紙幣に描かれた動物たち」シリーズ(!)の第4回目。最終編だ。

今まで、20000コンゴフラン新紙幣のカンムリヅル、コンゴキリン。1000コンゴフラン新紙幣のオカピ、ヨウム、100コンゴフラン旧紙幣のマルミミゾウ、50コンゴ旧紙幣の川魚について書いてきた。


ではまず、5000コンゴフラン(おそらく以前から存在した紙幣)の図案から始めよう。

すぐ下の写真はホロホロチョウと、コンゴ料理のリボケ、シクワンガが描かれている。
ホロホロチョウはアフリカ大陸に分布する食用鳥だ。滑稽な様相と体の水玉のような模様がおもしろくて装飾用置物のモチーフに使われたりする鳥でもある。
ホロホロチョウと一緒に描かれているのは、代表的なコンゴ料理のリボケ(単数形でリボケ。複数形はマボケというらしい。)とシクワンガだ。
「リボケ」は、大きな葉に川魚、アンティロープ、赤道州のほうでは蛇などの動物性たんぱく質を使い、トマトなどの野菜と共にスープストックなどの旨味成分と塩味を加えて調味し、紐で結わえられて蒸し煮のあと、火にかけられて蒸し焼きされる。
紙幣に描かれたものは、蒸し焼き中のマボケたち(複数)だ。
そばにゴロンと転がっている、「シクワンガ」は、現地の人たちの主食、マニョックを練って大きな葉に包んで蒸された、日本の”ちまき”のような食べ物だ。リボケのスープをつけながら食べるとなかなかイケル。
ホロホロチョウを傍に持ってきたところを推測すると、このリボケのホロホロチョウ入りも美味しいですよ、というメッセージにも受け取れる。(ような気がする。)


5000コンゴフラン紙幣裏:ホロホロチョウと、コンゴの食物・リボケ

5000コンゴフラン紙幣表:シマウマと、木彫り民芸品


そして500コンゴフラン紙幣の片側に描かれた動物は、シマウマ。
シマウマと言っても、よく観ると、縞の幅が太いのが分かる。
これは、グランドシマウマの中の、アッパーザンベジシマウマという種類のように思われる。
コンゴ民主共和国、アンゴラ、ザンビア西部の限られた地域に棲息する種類だということだ。



さて、次に10000コンゴフラン紙幣の中の動物を見よう。

新紙幣のこの中には、バナナの木とバナナ(普通のバナナは規則正しい方向性を持って、ずらっと下に房が並んでいる。これは料理用のバナナであるバナナ・プランテのように思われる。)と、くちばしの長い、そして尾も長い、黒っぽい小鳥が描かれている。
最初、わたしは、この鳥はハチドリだろうかと思っていた。中央アフリカのバンギには、胸の部分が赤と青の美しい毛を持った体の真っ黒の、そしてくちばしが長い、小ぶりな体の小鳥が、我が家のアパート周辺のマンゴの木によく集まっていた。
この紙幣のイラストだけでは真っ黒なのか、或いは色が入っているのかはわからないが、おそらく”タイヨウチョウ(サンバード)”の一種だろうと思われる。
タイヨウチョウについて調べてみた。

”アオノドタイヨウチョウ”
スズメ目タイヨウチョウ科。全長14cm。
カメルーン南部からコンゴ民主共和国、ウガンダの一部まで分布。
森林、河辺林、木々の茂る庭園などに棲む。
全体はほぼ黒色で、喉と額のみ、緑色の金属光沢をもつ。

”ニシキタイヨウチョウ”
タイヨウチョウ科。全長14cm。
西アフリカ南部からコンゴ共和国北部までの熱帯雨林からサバンナに分布。
頭部から胸にかけて緑色に青紫がかり、胸に赤い太い帯がある。腹部と翼は黒い。

”ブロンズオナガタイヨウチョウ”
タイヨウチョウ科。全長22cm。
ケニア、ウガンダ、タンザニア、アンゴラ、ジンバブエの1000mから2800mまでの山地の常緑の森林の林縁部や、隣接する草地に断続的に分布。
日光を浴びると、緑から金色の金属光沢が現れる。
全身は黒色でくちばしと尾羽は長い。

これらのどれかではないかと思うのだが、どうだろう。

10000コンゴフラン新紙幣裏:タイヨウチョウと、バナナ

10000コンゴフラン新紙幣表:水牛と、木彫り民芸品


片面には、水牛が描かれている。この水牛もコンゴ民主共和国に棲息する特有種なのだろうか。



動物の絵ではない紙幣のイラストとして追記すると・・・。

200コンゴフラン紙幣(旧)には、必ず一村に一台は設置されていたという情報伝達用の伝令太鼓(LOKOLE)をたたくコンゴ人の姿。
片面には、くわを持って農地を耕す青年と若い女性の農作人”L'AGRICULTURE”の姿だ。
手前に、胸に当て布をし、腰にパーニュ(腰巻)を巻いている若い女性が描かれている。
我が家の家政婦は、おそらく夫婦だろう、そして赤道州の米作農地だろう、と言うのだが、彼女の推理は当たっているか。ともあれ、この若い農作人の姿にこの国の希望を見る思いがする。


200コンゴフラン紙幣 裏表


500コンゴフラン紙幣(旧)には、この国の主要輸出鉱物の一つ、ダイヤモンドの採掘風景とカットされたダイヤモンドが描かれ、片面にはどこかの村落の様子が描かれている。

500コンゴフラン紙幣 裏表


また、同じ500コンゴフラン紙幣には、独立50周年記念紙幣もある。
この国の独立は、1960年6月30日だから、この50周年500フラン紙幣はおそらく2010年発行のものだろう。
これには、コンゴ河の河口から約150km上流、アンゴラとの国境近くに位置する港湾都市マタディMatadi港が描かれる。
片面はというと、何故だか、"pont de KINSUKA"と小さく説明書きが添えられた橋の図案が載っている。何の変哲もない、普通のコンクリート橋に見えるのだが、何か、50周年紙幣に採用されたにふさわしい意味合いがあるのだろうか。
500コンゴフラン独立50周年紙幣 マタディーMATADI港
500コンゴフラン独立50周年紙幣 キンスカKINSUKA橋


以上、コンゴフラン紙幣に描かれた動物たちを中心に見てみた。
川魚(50CF)、マルミミゾウ(100CF)、ヨウム、オカピ(1000CF)、ホロホロチョウ、グランドシマウマ(5000CF)、タイヨウチョウ、水牛(10000CF)、コンゴキリン、カンムリヅル(20000CF)。

マウンテンゴリラとボノボが描かれていないのは寂しい気がするが、いつかの登場を楽しみに待ちたい。

2013年9月29日日曜日

コンゴフラン紙幣の動物たち~川魚とマルミミゾウ

今回もコンゴフラン紙幣に描かれる動物のことを中心に。

前回、前々回で、新紙幣の二万コンゴフラン札と、1千コンゴフラン札の図案の動物について書いた。
カンムリヅル(ホオジロカンムリヅル)、コンゴキリン(二万コンゴフラン紙幣)、ヨウム、オカピ(1千コンゴフラン紙幣)の紹介だった。

では、その他の紙幣には、どんな動物が取り上げられているのだろう。


旧紙幣の図案から見てみよう。

50コンゴフラン紙幣

以前から存在する50コンゴフラン紙幣(上写真)の上部の図案には、「コンゴ河沿岸の漁師の村」と説明書きがある。
熱帯雨林迫る高床の木製住居とピローグ(丸木舟)、そして川魚が描かれている。
キャピテンとかナイルパウチとか呼ばれる、白身の川魚かと思われる。
下の図案は、どこかの地方のお面だと小さく書かれているが、読めない。
(旧紙幣には、各図案に説明書きが短く載っている。)

100コンゴフラン紙幣(下写真)も以前から存在する。
まず、写真下部(裏面?)の絵には、「インガダムⅡ」と記されている。
わたしたちが8月にマタディー、ボマへ行ったときに立ち寄ったインガダムだ。
キンシャサ大都市が消費する電力は、このインガダムでまかなわれる。
ここで発電される電力は隣国にも送電され、ダムの増設でさらにエジプトなどの遠方諸国にも電力を売り込もうという壮大な計画があるのだそうだ。
いかんせん、我らがコンゴ河(!)は全長アフリカ第2位、流域面積世界第2位という大河でありながら、小さな支流を除いてコンゴ民主共和国の一国だけで完結するという稀有の大河で、ダム建設に隣国との利権問題が一切発生しないのだと聞く。
コンゴ河を有するこの国は、水力発電資源も豊かなのだ。

さて、同じ100フラン紙幣に描かれるゾウのほうに話題を移そう。
図案下には、「ゾウ ヴィルンガ国立公園」と書かれているのみだが、コンゴ紙幣に取り上げられたからには、このゾウはIUCN(国際保護連合)により絶滅危惧種に指定された””マルミミゾウ”だと思いたい!


100コンゴフラン紙幣

マルミミゾウは、一見してアフリカゾウに似ているが、肩高2.1m~2.4mとアフリカゾウより小さく、耳はアフリカゾウよりは小さく、インドゾウよりは大きいのだそうだ。
コンゴ河下流域の森林地帯に生息するコビトマルミミゾウというゾウもいて、それはさらに小さいのだそうだ。会ってみたいなあ。
ただ、マルミミゾウの牙はふつう下方に向かって、あまり曲がらずに伸びるらしいから、この点で百フラン札の図案がマルミミゾウか疑問が残る。

また、マルミミゾウをアフリカノゾウの亜種とする場合、草原に生息するアフリカゾウを”ソウゲンゾウ”と呼び、これに対して森林地帯に生息するマルミミゾウを”シンリンゾウ”と呼んだりもするそうだ。
下の写真が、絶滅危惧種のマルミミゾウ(シンリンゾウ)だ。
この紙幣に描かれるゾウは、カメルーンからコンゴ、アンゴラにかけての森林地帯に生息するといわれるマルミミゾウだと思うのだけどな。

マルミミゾウ(シンリンゾウ) インターネット動物図鑑より

なんだか、”マルミミゾウ”という名まえからして、放っておけないかわいらしさを感じる。
絶滅危惧種に指定されてもいるし、思わず「がんばれ!」と声を掛けたくなる。
実際、マルミミゾウの象牙はハード材と呼ばれ、印鑑や三味線のばちの材料として重宝されてきたのだそうだ。現在では、マルミミゾウの象牙の売買は全面的に禁止されている。
にもかかわらず、現地では密猟が絶えず、マルミミゾウは生存の危機に瀕しているというのだ。

「知られざる森のゾウ ーコンゴ盆地に棲息するマルミミゾウー」(ステファン・ブレイク著、西原智昭訳、現代図書)という本が日本で出版されていることを知った。
ぜひ読んでみたい本だ。


ここで今日はひとまずお仕舞いにする。
これから、夫とゴルフコンペに参加するのだ。
わたしたちの贔屓のコンゴのラム酒、KWILUがスポンサーになっているコンペだから、というさもしい動機から夫婦でコンペ出場を決意。
池にボールを落としまくりで大スランプ中のわたしに、池ポチャ再使用の再生ボールとはいえ1個1米ドルもするんだぞー!!、と夫から厳しい言葉を投げつけられながらのプレイだ。

それでは、行って来ます!

2013年9月24日火曜日

1千コンゴフラン新紙幣~ヨウムとオカピ

今日も、コンゴフラン紙幣の図案の続編を。

新札の1千コンゴフランは全体が淡いオリーブグリーンの紙幣だ。
”BANQUE CENTRALE DU CONGO”、コンゴ中央銀行、と見える。

そして、表裏それぞれにヨウムとオカピの絵が描かれている。

1千コンゴフラン新紙幣の表裏の図案
上部写真の上(こちら側が裏?)の図案はコンゴのインコである”ヨウム”ととうもろこしだ。
そして紙幣の左下に薄く印字されている”1000F”の下には、コンゴ民主共和国の国語である、リンガラ語、スワヒリ語、チルバ語、キコンゴ語の四言語で、「1千フラン」と書かれているのだそうだ。
右下隅には、フランス語で”MILLE FRANCS”、1千フラン、と記されている。

上部写真の下(裏?)には、ヤモリ?が二匹載った蓋付き器をコンゴ人部族二人が抱えたデザインの木彫り民芸品と、オカピが2頭描かれている。

オカピはコンゴ民主共和国の北東部に生息する動物で、世界三大珍獣のひとつなのだそうだ。
(ちなみに、三大珍獣とは、オカピ、ジャイアントパンダ、コビトカバ。)
コンゴ北東部のオカピ生息地として有名なのが、「オカピ野生生物保護区」で、世界遺産の中の自然遺産に1996年に登録され、更にこの地区はスーダン、ウガンダとの国境付近にあり、密猟、森林伐採、武力抗争などの理由で、翌1997年には”危険にさらされている世界遺産リスト”に登録されている。

自然溢れるコンゴ民主共和国内には、5つの世界自然遺産が存在しているそうだ。
ヴィルンガ国立公園(1979年登録)、ガランバ国立公園(1980年登録)、カフジ=ビエガ国立公園(1980年登録)、サロンガ国立公園(1984年登録)、そして、オカピ野生生物保護区(1996年登録)の5つだ。
そして、そのどれもが”危機にさらされている世界遺産リスト”に入っている、というのだ。


下の写真がオカピだ。シマウマの仲間と思っていたら、さにあらず。
キリンの仲間なのだという。


世界三大珍獣ひとつ オカピ (wikipediaより)


さて、もう一度、1千コンゴフラン札のもう片面の図案を見てみよう。


1千コンゴフラン新紙幣のヨウム

ヨウムとは、「ガーナからビクトリア湖周辺、アンゴラからコンゴの森林地帯に分布する大型インコ」(wikipedia)とある。
体長は約33cm、体重300~500g程度。体の大半は淡灰色の縁取りのある灰色の羽毛に包まれている。嘴は黒色、赤い尾羽を持つ。

平均寿命50年前後と言われ、知能が高く、人の言葉をよく覚える種として名高く、飼い鳥として人気があるという記載も見られる(wikipedia)。
リンガラ語で”チャクゥ”と言い、キンシャサの空を独特の鳴き声で飛びまわっているのをよく見かけ、耳にする。コンゴの人々には食用ともなるようだ。


で、我が家のヨウム、ぽん!

餌の落花生とパームヤシの実ととうもろこしを啄むぽん 9月2日

ぽんが我が家に来たのが昨年の12月19日。
かれこれ9ヶ月になる。
来たばかりのときは、体毛が全体に黒っぽい灰色で、もっと小さかった。
ずいぶん慣れてきたかな。

と思っていたら、がぶり!!、とわたしの右人差し指を噛んだ!!
2週間ほど前のことだ。
体毛に自分のウンチを大量に付けて平然としていたから、スプレーで久しぶりにシャワーを浴びせたら、ぎゃあぎゃあ騒いだ。
その後、わたしが下に敷いていた濡れた新聞紙を取り替えようとして鳥かごの中に手を入れたときにがぶり!!
まあ、かれなりに手加減して噛みついたのだと信じるが、それでもしばらく痛みは続いた。
(かれの嘴は強靭で、鳥かごに敷いている鉄板を端から噛みちぎって大きな穴を開けている!)
いつになったら、わたしの肩に載ってくれるのやら・・・。

しかも、一言も言葉を覚えない!
ぽんめ・・・。

友人が1千コンゴフランの新札をごっそり(!)持っていた。
我が家のヨウムのスーベニールにしたいからと、2,3枚換えてもらった。
ヤッホー!

2013年9月20日金曜日

カンムリヅルとホオジロカンムリヅル

わたしが住んでいるアパートの庭に4羽のカンムリヅルが放し飼いにされている。

濃いグレーの体に頭頂部は黒。羽を広げると白い。
一般的なカンムリヅルは、頬の上部が白く、下部は赤色をしているらしいが、我が家のアパートのカンムリヅルは頬は白く、頬上部と喉のところが赤くなっているのはどうしてだろう。
日本のツルと容姿はそっくりだが、色が違うことと、頭部の、人間で言うつむじのあたりに冠羽があるのが決定的な違いだ。

我が家アパート庭のカンムリヅル
羽を広げたカンムリヅル

プールサイドに集まった4羽のカンムリヅル


・・・と思って再度ネットで調べてみると、頬が白く、上部と喉部分が赤いのは、「ホオジロカンムリヅル」だということが判明!
ホオジロカンムリヅルのほうがグレーの色合いが明るいとも記されている。
そう考えると、ここのはホオジロカンムリヅルだと考えられる。


まず「カンムリヅル」、について。
生息地域はサハラ砂漠以南のアフリカ中央部、西部。
乾燥したサバンナ地帯に生息するが、湿地や湿潤な草原などにも生息するらしい。
ホオジロカンムリヅルに似ているが、頬上部は白く、下部はピンク色をし、体の色も黒味が強い。
かつてカンムリヅルはナイジェリアの国鳥として多く生息していたが、現在カンムリヅルは国際自然保護連合により、準絶滅危惧種に指定されている。

次に、「ホオジロカンムリヅル」、について。
生息地域はサハラ砂漠以南のアフリカ東部と南部。
サバンナや湿地帯に生息。
特にウガンダ、ケニア、タンザニアといったアフリカ東部に多く見られる。
ウガンダでは国鳥に指定され、国旗の中央にもその姿が描かれている。
頬は白色でその上には赤色の模様があり、さらに喉に鮮やかな赤色をした自由に膨らますことのできる袋を持っている。
また、アフリカ東部と南部のホオジロカンムリヅルは微妙に違いがあり、東部に生息するものの方が白い頬の上の赤い模様が大きいという。
とはいえ、繁殖期になるとホオジロカンムリヅルの頬は白から赤へと変化し、気に入った相手に対して互いに羽を羽ばたかせたり、飛び跳ねたり、お辞儀をしたりして求愛のダンスをするらしい。このようなダンスは繁殖期以外にも仲間同士のコミュニケーションのためにも踊るとも記されている。
また、かれらは喉の赤い袋を膨らませて独特の低い声で鳴くのだそうだ。
現在、野生では58000~77000羽のホオジロカンムリヅルが生息していると考えられ、その数も安定しているとも言われるが、アフリカでも開発、汚染が進むと近い将来に生息状況に影響が出るのではと危惧されているそうだ。

この二種の共通の特徴として。
ともに雑食性で、草や穀物の種子のほか、昆虫、爬虫類、小型哺乳類などを捕食し、家畜の群れが多い畑などの近くで菜食する傾向があると記されている。
どちらも名まえの通り、頭部に放射状に生える黄色の冠羽を持つ。
背の高さは双方とも1m、体重3.5㎏ほどで、雌雄ともに体の大きさは変わらないが、雄のほうがわずかに大きくなるそうだ。
また、かれらの脚の指のうち1本は後ろに向かって生えており、かれらはこの指と残りの指を使って木の枝をつかみ、枝の上に体を固定することができるのだそうだ。
他のツルの仲間は木の枝にとまることはできないらしく、このため、ホオジロカンムリヅルとカンムリヅルは現存するツルの中で最も原始的な種であると考えられているということだ。
また、一度に2~5個の産卵がみられ、その数はツルの中で最大で、雌雄ともに卵を抱くということも二種の共通点だ。
そして、ともに留鳥(渡りなどの季節的な移動を行わず、一年中ほぼ同じ地域にすむ鳥)だということだ。

このカンムリヅルだかホオジロカンムリヅルだかどちらか分からないが、今年に入ってできた高額の新紙幣(それまでの最高額紙幣は五百コンゴフランだった!!)のうち、最高額の二万コンゴフラン紙幣にどちらかのイラスト図案が描かれている。
じっと観ると、ホオジロカンムリヅルのように見える。


高額の新札に印刷されたホオジロ(?)カンムリヅル 左はパーム椰子の木と実


わたしの財布に今まで転がり込んできた二万コンゴフランは五月半ばだったか、そのたった一回だけ。
フランス人マダムから刺繍材料のお釣りとしてもらったのが、この二万コンゴフラン紙幣だった。
新紙幣が物珍しくてしばらく引き出しに仕舞いこんで時々引っ張り出しては見入っていたが、紙幣は流通させてこそ生かされる、と思い、ずいぶん経ってから手放した。(何でも収集癖ありなもので・・・。)

二万コンゴフランは換算すると22米ドルほどだ。(1米ドル=約920コンゴフラン)
それまでの最高額紙幣が五百コンゴフランだったから、二万コンゴフラン分の買い物をするとき、五百コンゴフラン40枚が必要だった。
(コンゴ人は一度にそんな多額の買い物はしないだろうけど。)
それが二万コンゴフラン紙幣が登場したお蔭で、支払いにこの紙幣一枚で済むようになったということだ。
(五百コンゴフラン40枚!、なんてそうそう用意できないから、そういうときは米ドルを使って支払うことが普通にできる。この国は、自国通貨のコンゴフランとアメリカドルの二重通貨構造になっている。)

新紙幣として、二万コンゴフランの他に、一万コンゴフラン、五千コンゴフラン、1千コンゴフランも現れた。
(旧紙幣には、五十、百、二百、五百コンゴフランまでの4種類しかなかった。硬貨は存在しない。)


ちなみに、この二万コンゴフランのもう一方 (こっちが表?)の図柄は、コンゴキリン。コンゴキリンも希少動物なのだそうだ。

コンゴキリンの図柄が載る二万フラン紙幣

ということで、次回はコンゴフラン紙幣の図案を新旧併せて紹介しよう。
乞うご期待!?

2013年3月8日金曜日

ぽんの逃避行

今朝、夫が7時半に仕事に出た後、しばらくして背の高い門番のガードマンが我が家にやって来て言った。

マダムのとこのヨウムが庭に逃げ込んでいます、と。

え????
まさか!!!

ベランダの鳥かごはもぬけの殻・・・・・。
ヤラレター!!

びっくりすることに、”ぽん”は鳥かごの後ろ部分の扉(下の写真。ぽんの背後に見える籠の背面全面が開閉できるようになっている。)の錠を引き抜いて開けて、かごから逃げ出していたのだ。

わたしが鳥かごの床の新聞紙を敷き替えるときに、正面の扉(これは重い鉄扉で引き上げ式になっているからまず開閉不可能だ。)からだと狭くて手を突っ込みにくいので、2,3度だけ、後ろ部分の全面開閉する扉の錠を引いて、開けたことがあった。
そのときに、”ぽん”はしっかり学習していたのだ、扉を開けるための錠の抜き方を。

※ ”ぽん”とは・・・・昨年12月19日に我が家にやってきたコンゴのオウム、”ヨウム”をぽんちゃんと名付けて、我が子のように思って飼っている(のはわたしたち側の一方的な思い込みか・・・。)。



逃亡後、なにくわぬ顔の籠の中のぽん!

いかついガードマンのおにいさんに”ぽん”の捕獲をお願いした。
ヨウムを捕まえて入れる容器が必要だというので、いちばん最初に夫がスーパーのペットコーナーで買ってきた青い鳥かごを彼に手渡した。

3階の我が家のベランダから見ていると、”ぽん”はアパート裏庭の低木に止まっていた。
当初、ガードマンにいさんに威嚇して鳴いていたが、そんなに抵抗することもなく青い鳥かごに収まった。

ガードマンにいさんは、棒切れ一本で”ぽん”を棲家の籠に移してくれた。
”ぽん”は、我が家に来た時には、すでに羽の先を切られて、飛べない状態になっていたはずなのに、3階のベランダからアパートの庭に滑降、低木の枝に止まっていたのだった。


”ぽん”は最近良く、籠の天井に2本の脚とくちばしの3点でぶら下がり、羽をバッサバッサと広げる動作をしていた。
暑いから体に風を入れて涼しくしているのか、あるいは、体が痒くて羽をバサバサさせているのか、と思っていた。

かれは、ただただ、飛びたかった、のだろうか。

そして相変わらず、籠の床のベニア板をバリバリと噛み破り、自分の止まり木さえ噛んで細く細くしていって、ついに止まり木がぽとん!、と一方が下に落ちて斜めになっているのに、その斜めになった止まり木の隅っこに平然と止まっている。



そんな”ぽん”の様子を思い出して、こんな狭い籠に入れられるより広い自然の世界に帰すべきなのかもしれない、と考えた。

不憫なぽんめ、としばしわたしは悩んだ。


だがしかし!
逃げてごめんなさい、とは言えないにしても、悪びれもせず、悲しげな表情をするでもなく(・・これも無理な話?)、またいつものように、籠の中でだみ声で「ギャーイ、ギャーイ」と鳴き続ける”ぽん”なのだった。

ね、ぽんちゃん。諦観、してるの?

2013年2月5日火曜日

ヨウムのぽんちゃん

我が家にヨウムのぽんちゃんが来て一ヶ月半が経った。


ぽんちゃんは毎日、パームヤシの実10粒と殻付きピーナッツ10個と乾燥とうもろこしの粒20粒ほどを食べて、水を飲んで少しずつ大きくなり、体毛が当初は黒っぽいグレーだったのが少しずつ明るいグレーになって、幼鳥から抜け出ているようだ。

パームヤシの実は、ヨウムの尻尾の毛の赤い色をきれいに保つ役目をしているのだそうだ。
パームヤシはゴルフ場内に木があるので、キャディーに頼んで週に二回くらい集めてもらっている。
下の写真のパームヤシの量で5、600フランくらい。
日本で飼うとこんな見事な自然のパームヤシなんて入手できないだろう。



パームヤシの実



殻付きピーナッツ




ピーナッツは、殻付きの生のものでないと食べない。
ピーナッツの殻を大きく突き出た上くちばしと舌で挟んで、カチン!と勢い良く割って中身だけ上手に食べる。
乾燥とうもろこしの粒も、上くちばしと舌でカリコリと音を立てて噛み砕いて食べている。
ゴルフ場のキャディーが、ヨウムが食べる果物だと言って持ってきた果物をあげても一口二口食べただけだったし、雑穀もパンも食べない。
止まり木の枝の皮を剥いで食べてはいるが、ぽんちゃんの常食は、パームヤシの実、殻付きピーナッツの中身、乾燥とうもろこしの粒、そして水だ。



ぽんちゃんは一時期、ずいぶんとわたしたちに懐いてきたかなと思える時期もあった。
ところが最近、なんとなくストレスを溜め込んでいるように思える行動が目立ってきた。

わたしたちが鳥小屋に顔を近づけて話しかけると、ガアガアと口を大きく開けて威嚇するように鳴くのだ。時に、口を大きく開けすぎて、ガアーーー、っと声を限りに鳴くので、オエーっと喉を詰まらせることもある。くちばしの付根が張り裂けるのではないか、というくらいに口を大きく開けて鳴く。そんなに鳴かなくてもいいんだよと話しかけるけど、分かってないんだろうなあ。

小屋の鉄枠を拭こうと思って触ってもギャー!
洗濯物の黒っぽいものを小屋の上に落としたときなんか、びっくり仰天したぽんちゃんは、ギョエー!!!、とこちらが驚くほどの奇声を張り上げた。
怖がりだった幼い頃の息子の姿と重なって思わず笑ってしまう。

朝未明、野鳥の鳴き声(ヨウムの仲間の声なのか!)に呼応してか、ぽんちゃんも高音を張り上げて鳴き続けている。

さらに、籠の側面にくちばしと二本足でしがみついて、羽を大きく広げてばさばさと羽ばたいている。
羽ばたくと白い粉のような小さなものが辺りに飛び散っている。

時々、スプレー容器に水を入れてぽんちゃんに水浴び代わりにかけてあげるのだが、そのときももの凄い鳴き声を上げる。
毎日でも水をかけてあげることは大切なことのようだが、あまりに大騒ぎするから躊躇ってしまう。
キンシャサでやっと探し当てて買った中国製のスプレー容器は、噴霧スプレーではなくて水鉄砲様の、水の塊で飛び出るスプレーだった。
ぽんちゃんには恐怖に感じるのかも。



もしかしたら、鳥小屋が小さくなったのかもしれない、と大きめの鳥小屋を探していたら、夫の工事現場で猿を飼おうとして作ったという鉄筋製の空の小屋があったといって夫がもらってきた。
鉄筋製だからひとりでは抱えきれないほどの相当な重量だが、大きさとしては充分だった。


そうして、ぽんちゃんはがっしり重くて大きい小屋に移った。



鉄筋を利用して作られた小屋



鉄格子の間から ~ 止まり木の皮が食べられて剥がれている




止まり木は、体操女子の段違い平行棒のように二段で取り付けた。
ぽんちゃんはいつも高いほうの止まり木にいて、餌を食べる時だけ下段の止まり木に移ってそこから顔をグーッと下方に下げて床に置かれた餌を上くちばしと舌で挟んで取って食べている。
ほとんど床に降りないし、また物音がしたり、わたしたちがベランダに出ると、慌てて上段の止まり木によじ登る。

そんなに慌てて餌をポトンと落としてまで下段から上段に移らなくてもいいんだよ、わたしたちは何にもしないよ、と言っても慌ててヨタヨタと移動する。

餌を食べた後、パームヤシの実をくちばしにたくさんくっつけて、♪おべんと付けてどこ行くの~♪状態だが、くちばしを止まり木にこすり付けて上手にくちばしに付着した実をこさぎ取っている。



つくづく、ぽんちゃんは我が家に来る前はどこの家で飼われていたのでもない、野鳥だったのだと痛感する。
言葉も発しないし、相変わらずわたしたちの顔が近づくとぎゃあぎゃあと威嚇する鳴き方をする。

小屋は広くなったのに。
居心地が良くないのかな。
どうしてだろう。

かれに遊ぶためのおもちゃを買ってあげようと思って、スーパーのペットコーナーで”小鳥用玩具”と英語で書かれたベル付きミラーを買ってきて上から吊るしてみた。
ぽんちゃんは自分の顔を見たことがないのだもの。

興味津々で、しばらくはミラーの中の自分に見入っていた。
そして揺れるとチリンチリンと鳴るベルの音にも耳を澄ましていた。

でも。
翌朝には、2個のベルもミラーもチェーンの一つ一つもすべて見事バランバラン!に分解されて床に飛び散っていた。
あーあ。



家政婦は、マダムたちが四六時中話しかけてやらないからだと言った。

そこで、わたしは先週から毎日30分くらいソプラニーノ(小型リコーダー。高音が出て、小鳥のさえずりの練習用リコーダーだと聞く。)をぽんちゃんに聴かせることにした。

夕焼け小焼け、赤とんぼ、七夕、みかんの咲く丘、とんぼのめがね、雨、ゆりかご、ぞうさん、ちょうちょ、木の葉のお舟、海、朧月夜、夏の思い出、里の秋、虫の声、旅情、富士山、こいのぼり、雪、村の鍛冶屋、古時計・・・思いつく限りのメロディーを演奏する。

ぽんちゃんは静かに聴いている。
高音に特に反応して、目を閉じてうっとりと・・かどうか知らないが、半目状態で確かに気持ちよさそうに聴き入っている。
そんな可愛らしい様子にわたしはプッ、と噴出しそうになる。

ソプラニーノの音色は確かにきれいだ。
わたしだって、キンシャサの夕焼け空に響く(?)日本の童謡や唱歌についしんみりとなって、ぐっとこみ上げるものを感じたりもする。


ぽんちゃんの心に響いて穏やかになってくれたらいいなと思う。



独りで餌を食べていて、わたしの気配にびっくりして餌を落として、慌てまくって上段の止まり木によじ登るぽんちゃんの様子に、ああ、まだまだこの子はわたしたちに心を開いていないのだと痛感する。
夫は、身を守るための野鳥の習性なのだからそう簡単には懐かないだろうと言う。


「パンパカパ~ン♪、パン、パカ、パンパカパ~ン♪ 今週のハイライト!!
ぽんちゃんがついに話すようになりました!!!」

こんなアナウンスができる日が来るといいな。


2012年12月31日月曜日

ヨウムのぽんちゃん大ピンチ!!

12月25日、こちらではクリスマスの祝日だった。
その日の夕方、我が家のヨウム、ぽんちゃんは日射病(?多分・・)で、瀕死の状態だった。


ことの顛末はこうだった。

わたしたちは、朝、ベランダ正面にヨウムのぽんちゃんのかごを置いたのを忘れて、そのままゴルフに出かけた。
この季節、南回帰線より南から太陽は地球を照らすので南緯4度のキンシャサといえども、南寄りに太陽は移動する。
我が家のベランダは南向きで、ぽんちゃんのかごは、朝から夕方まで太陽が照りつける場所に置き忘れられたのだった。


その日は、太陽の照りつける暑い一日で、ゴルフ場でも傘を差してプレーをする人たちを多く見かけたほどだった。
プレーを終えて昼食を済ませて帰宅したのが午後3時。
そうだっ!!ぽんちゃんをひなたに置いたままだった、と思い出したのが帰宅直後。
ベランダに直行した夫は彼の異変に気づく。
かごの床に敷かれた新聞紙を立ててその陰にぽんちゃんは隠れようとせんばかりにうずくまっていた。

すぐかごを日陰に置いて、様子を見守るが、ぽんちゃんは平衡感覚を失ったようで、かごの床をうろうろよたよた這い回るだけ。
いつもは、かごの上部の止まり木に止まっているのに、その止まり木に這い上がれないのだ。
くちばしの力も、脚力も弱ってるかのようだった。
夫が、革手袋をはめてかごの中に手を突っ込む。
普段は皮手袋を見ただけでぎゃあぎゃあ騒ぐのに、その時は無抵抗のまま、夫の手に抱かれて、止まり木に載せられる。
夫が止まり木に止まらせようとするのに、ぽんちゃんは脚に力が入らない様子で、やっとのことでかろうじて止まり木に引っかかった、という塩梅だった。
水を体全体に振り撒いた。
水を飲ませようとくちばしのところに持っていくといくらか飲んだ程度だった。

わたしは、もしこれが人間の幼児だったらどうするだろうかと考えてみた。
氷枕で頭を冷やして涼しいところに寝かせるはずだ。
そう思ってエアコンの効くリビングにかごを移す。
もう祈る想いで、ぽんちゃんを見守る。
眼をとろんとさせて閉じようとするので、必死で励ます。
そして謝り続けた。
朝から午後3時まで、太陽に照らされ続けていたのだ。
ごめんね、ぽんちゃん。
ごめんね、ぽんちゃん。

ふとしたことで、ぽんちゃんは止まり木の左端に止まると尻尾の先の赤い羽根部分を、飲料水用の容器に入った水に浸せることに気づいたようだった。
それからだ、ぽんちゃんは尻尾の赤い羽根をじっと水に付けては羽をぷるぷるっと振って水しぶきを上げる動作を繰り返している。なんだか、赤い尻尾を水に浸けることによって、上がった体温を下げようとしているかのような動作だった。
その動作を繰り返していくうちに、だんだん脚に力が入り少しずつ、快復しているのが見て取れた。
ちょっと水っぽいがうんちもしている。

とにかく、傍で静かに声を掛けて励まし続けた。
眼を閉じたら、もう二度と眼を開けてくれないような気がしてならなかった。
ごめんね、ぽんちゃん。
パチンコに夢中になった若夫婦が、車に置き去りにした乳幼児を高温になった車内で日射病死させる、という記事を思い出して、わたしたち夫婦は同じことをしたのだ、と悔やんでも悔やみきれない自己嫌悪に陥った。

しばらくして、止まり木の右側に自ら体を移動させ、水から尻尾の赤い羽根を出して一連の動作を止めた。
やっぱり生きる智恵だったのか。
だいぶ落ち着いてきた。
よかった。

その晩は、涼しい浴室にかごを置いて寝た。
浴室の隣がわたしたちの寝室なので、夜中に何度も何度もぽんちゃんを覗いて、ちゃんと止まり木に止まっていることを確認した。

翌日午後から、食欲も出てきた。

ヨウムのぽんちゃんは、こうやってわたしたちにはなくてはならない存在になっている。



大きく口を開けて発声練習?
 これは、寝起きのままぽんちゃんのところに直行して、ぽんちゃんと発声練習をしているところだ。
台所の窓から夫が隠し撮りした写真だ。(見苦しい寝起き姿だけど、思い切って公開しよ!)
まだ言葉は出ないが、話しかけるとぽんちゃんもパクパクと一緒に口を動かす。
言葉を真似ようとしているのか、うるさいマダムだなあ~ひとりに(一羽に?)させといてくれよ~と抗議しているのか。

数日前には、お隣のドクター宅のヨウムと初対面した。
お隣のヨウムと比べて、ぽんちゃんは体つきなどからまだ幼鳥だと感じた。
お隣のヨウム君は、威嚇するかのように啼き続けていた。
ぽんちゃんは、かちこちに固まって微動だにしなかった。
それがまた何とも可愛かった。

夫は、朝起きた瞬間からぽんちゃん、ぽんちゃんと連呼している。
こどもたちが赤ちゃんの時に聴いて以来の優しい声で話しかけている。
時々、おい!何か喋ってみろ!!、とか言ったりしながら。

2012年12月21日金曜日

ヨウムが我が家にやってきた

竹でできた直径30cmほどの円筒形のもの・・・はて、これは??


夫が昨日朝、道路現場事務所に到着すると、上の写真の円筒形のものが立てかけてあったそうだ。

コンゴ人のエンジニアがヨウムを買ってほしいと持ってきたのだった。

”ヨウム”、と聞いて夫は即座に反応。
というのも、キンシャサの我が家のお隣の日本人ドクターが飼っておられるのが、まさに”ヨウム”だからだ。
以前に1週間ほど預かったことがあり、わたしが小学校の時に飼っていた小鳥の可愛らしさがよみがえり、コンゴならではの賢鳥、ヨウムが欲しいとずっと思ってきた。
夫も伝書鳩を飼っていた経験があり、鳥に関しては寛大なところがあった。

円筒形の鳥かごを覗くと、一羽の、お隣さんのところと同じ鳥がいるではないか!
すぐにわたしに電話がきた。

おーい、お隣のドクターのとこと同じ鳥を持ってきているけど、我が家で飼うか!
・・・わーい!
でも、しっかり世話をすると確約できるか?
・・・もちの!ろん!!

ということで、昨夕、ヨウムが我が家にやってきた。
そして、夫は、狭い竹のかごだったらかわいそうだと思って、帰宅途中にあるシティ-マーケットに新設されたペットコーナーへ寄り、さっそくヨウムの鳥かごを買い、それに移して帰って来たのだった。



ヨウムのぽんちゃん



持ってきたエンジニアのおじさんの話によると、このヨウム、生後1年半といい、知人宅で飼っていたから、言葉を話す(リンガラ語?)のだそうだが・・???
交渉の末、わたしたちは80ドルで譲り受けた。

お隣のヨウムのルージュくんと比べると、全体的に小さくて丸っこい。
そして、羽の色のグレーが濃いように思う。
体長25cmくらい。
鋭いくちばし,止まり木をしっかり握る足の4本指の爪はくるりと曲がって長く、まるで魔女のお婆さんのようだ。
威嚇するようにギャアギャアと啼くときに見える舌も、くちばしと同じように黒っぽいグレーだ。
尻尾だけがきれいな緋赤だ。
隣家のルージュくんは、パームの実(朱色のアブラヤシの実)ととうもろこしを食べるが、我が家のぽんちゃんもパームの実をむさぼり食べる。
だから、うんちも立派!だ。
このパームの実の朱色が、ヨウムの尻尾の赤色を鮮やかにするのだと聞いた。

えさを食べる時だけかごの下に下りてくるが、それ以外は、上手にかごの側面をよじ登って,上部の止まり木にとまっている。

いつだったか、コンゴには賢猿のボノボに、賢鳥のヨウム、それから京都大学国費留学生だったキンシャサ大学教授のボンバ先生が研究するタンガニーカ湖の賢魚・・・と、賢い動物が3種もいるのに、コンゴ人ときたら・・・、とぼやき合ったことがあったが、コンゴには独特の賢い動物が生息しているのだ。

昨夕、夫の帰宅を待つ間に我が家のリビングの窓から外の景色を見ていたら、尻尾だけ赤いグレーの鳥が数羽、高い木の枝から枝へとゆっくり飛んでいた。
こんなにも野生のヨウムが飛び交っているとは!驚きの発見だった。


”Wikipedia”によると、この”ヨウム”は、オウム目インコ科。
学名 Psittacus erithacus。
英名 Grey Parrot。
体長33cm。体重300~500g程度。
生息地により大きく異なり、コンゴに生息するものは大型の傾向にあるそうだ。
アフリカ西海岸の森林地帯、ガーナからビクトリア湖周辺、アンゴラ共和国からコンゴ民主共和国など、低湿地の森林から高地の森林などに分布すると記されている。
平均寿命は何と50年前後だそうだ。(ボノボの寿命とどっこいどっこいではないか!)

噂どおり、知能が高く人の言葉をよく覚えるのだそうだ。
人の言葉を真似るだけでなく、言葉の意味を理解して人とのコミュニケーションをとる能力がある、とも。
型はめパズルもこなすともいう。
生涯に2度の反抗期を持つことも知られていて、実際、お隣のルージュくんは只今、反抗期なのだそうだ。

我が家のぽんちゃん、昨日は、狭苦しい円筒形の竹かごに入れられて、大勢の事務所の人たちに覗かれ、がたがた揺られて我が家の到着するや,ぽんちゃん、ぽんちゃんと聞きなれない呼び名で呼ばれ、「ボク、ヘトヘト」と言わんばかりに、まぶたがとろりと閉じかけていた。
そして今朝、わたしが2本の指でとうもろこしの粒をつまんでくちばしに持っていくと、ちゃんと食べてくれた。
でも、ちょっとくちばしが当たると痛かったので、わたしは掌にとうもろこしを一粒載せてみた。
すると、わたしの左薬指付け根を足の爪でガリーっと引っかいて掌に載って、とうもろこしの粒をくわえたのだった。
痛いっ!!

見事にやられた。
ヨウムは、知能が高い分、神経質なところもあるそうだ。
慣れるまでに時間がかかるだろうが、良い友達になれたらなあ。
言葉でコミュニケーションが取れるくらいになったらかわいいだろうなあ。
でも、ぽんちゃん、わたしより何十年も長く生きるんだ!

お隣のドクターが言われた。
遺言書にヨウムの預かり先のことも書いておかないといけまんせんねえ。