2012年4月18日水曜日

4月の近況・・・ちょっと疲れたな・・・

早いもので4月も半ば過ぎ。東京は葉桜の緑が日増しに鮮やかに生い茂り、鯉のぼりが気持ちよさそうに大空を泳ぐ季節に変わるころだろうか。なつかしいなあ。

さて、我が家は、そろそろ乾季を迎えるにあたり、ベッドに蚊帳を取り付けた。
夫が、たまたま路上で蚊帳を売っている現地人に遭遇。四角い蚊帳があるか?と車を止めて蚊帳を売る路上商人に訊き、運良くこのスクエア蚊帳を入手できた、ということだった。
そして夫は、どこか怪しげな現地の市場の裏路地やらで木材を探し出して買ってきて、下手の横好きの大工仕事を始めた。
どれも不揃いの木材をのこぎりで切って、釘でベッドの四方に立て、四方にゴムベルト(これがまた怪しい!)で添え木を固定させ完成させたのだが・・・大丈夫かなあ・・・夜、寝るたびに不安になってくる。新婚時代、夫が天井に取り付けた照明器具がその日のうちに、わたしの肩にドサッと落下してきた経験が頭をよぎる。

4月に入り、断水が頻繁にあり、出たり出なかったり・・・一日たりとて普通に水道をひねると常に水が出る状態はなかった。我が家の3つの大きなポリバケツのストック水が底をついたとき、1階の庭で洗車をしている音が聞こえた!なんだ、1階には水が来ているんだ!さっそく、お手伝いのフロランスにバケツを持たせ1階に水を汲みに行ってもらった。
まあ、何ときれいな水だこと!
日本の援助でキンシャサの浄水場2箇所の補修工事がほぼ完了。その工事担当の方から、キンシャサの水質は確実に良くなっている、と聞いていたが、なるほど、1階から運ばれた水は本当に澄んだきれいな水だった。
ところが、我が家の水道水は茶色に濁っている。浄水場補修工事の方は更に、いくら浄水場の水がきれいになっても配水管に泥が付着したままだったら元の木阿弥ですがね、と言われていた。1階の水がきれいなのは、3階の我が家までの水道管が汚れている、ということだ!

それより何より、まずは水道水が出ないことが大問題!情報魔のフロランスを偵察に出すと、なんと我が家だけ断水していることが判明!聞けば、同じ階の浄水場補修工事のお宅は、配水管を全部換えてから断水がなくなったとのこと。
この断水状態にわたしのガマンの限界が来て、夫にせっついて、我が家の配水管も総取替えしてもらうように交渉してよー、と頼んで頼んで頼みまくってやっと昨日、夫の重い腰が上がり、ここのアパートの修理担当者と話してもらったら、「確かに配水管で破れたところがあったからその部分を換えた。水道管を総取替えすることはできない。不具合は修理した。しかし、まだ断水するとはおかしい。」、ということで調べたら我が家だけ水道モーターのアンペア容量が小さくて頻繁にヒューズが落ちていたということだった。それで、本当かどうか知らないが、モーターのアンペアを換えてもらったのが昨日の昼。そうしたら、また別の水道管が破裂したから再工事だと言って断水。昨夜のお客様の料理の準備に手間取ってしまった。それでもどうにか、夜には水は出るようになっていた。
その前日のお客様のときは食器の後片付けの時に断水していた。酔っぱらった夫は早々にソファでひっくり返り、わたしは汲み置きの水を柄杓で汲みながら、食器を洗ったのだった。

そして今日。昼間出かけていたわたしは気づかなかったが、やっぱり午後から断水していたらしい。相当濁った水がぼこぼこと蛇口から出てきた。水道管の部分修理は完了したし、アンペア容量も大きくした、というのにだ。また、明日から断水と対峙しなければならない。断水ばかりするから、洗濯機の調子までおかしくなっている。

電気が来ない、水が来ない、というのは相当なストレスだ。ましてや、来客予定のある時などはもうパニックになる。調理器具もすべて電気だからだ。
先月末の来客のあった日、昼前からずっと停電したままで、ついに別の地域にある夫の宿舎まで電気釜やら鍋やら食材を運んで宿舎で調理して我が家へとんぼ返りして準備した。
とうとうその日は、お客様に懐中電灯持参で来てもらい、ろうそくの明かりの元で食事会となったこともあった。(わたしは夫に石油ランプを買ってほしいと言い続けている。)
アパートを決める第一条件はジェネレーターが完備されている、ということらしいが、ジェネレーターのないこのアパートに決めた時、夫は「カビラ元大統領の妾さんが所有し居住するアパートだし、大統領府の区域で停電がないからジェネレーターは不要なのだ。」とか根拠のないことを平気で言い、超楽観主義なのにも腹が立つ。

そんなこんなのストレス溜りまくりの4月。今日17日は、わたしたち夫婦の結婚30年記念日だった。
毎年、すっぽかされ、10年記念の時は夫は先に中央アフリカに行っていて不在、20年記念の時は子どもたちの学費捻出と夫の頻繁な出張でもみ消された。30年記念こそ、と思って、この2日間、わたしはこの日のことを言い続けてきたにもかかわらず、夫は今度ももみ消した!!結婚20年と30年の間で、わたしたちは共に大きな手術をし闘病した。だからこそ、無事に30年を迎えたことを祝いたかった。
この国は運転手に残業してもらわないと夜の外出ができないのに、夫は早々に運転手を帰してしまい、ささやかな演出もなく、自分だけさっさと晩酌を始め、普通にご飯を食べ、ソファで転寝をし、数分でシャワーを浴び、夜8時には蚊帳ベッドですやすや寝息を立てている。

なんだかなあ・・。行動形態も思考回路もミラクルマイペースの夫がうらめしい。
わたしは、今日の娘のブログの写真を見て大泣きしてしまった。娘はいつ撮ったのか、赤羽の我が家の台所にふたりで立つ写真だ。子どもがいて、こんな光景が日常だった時代もあったのだ。
どーん!!と特大ダイヤモンドリングを注文して請求書を叩きつけてやるぞ!!

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