2013年6月27日木曜日

キンシャサでクラシック・コンサート

向かって左端譜面台前に立つ三浦氏 於:日コンゴ交流センター武道場

三浦氏(左から二番目)とキンバンギスト交響楽団弦楽器7人


日本大使館に勤務する1人の日本人青年でバイオリン弾きの名手が、この前の日曜日にキンシャサでの任務を終え、発っていった。
三浦貴顕さんという若者だ。

6月の初めにかれから、こんなメイルが届いた。
「離任の前、コンゴ人オーケストラの弦楽器メンバーとクラシックコンサートを開きますのでシエステ(午睡)がてらいらしてください。6月15日14時から、日コンゴ交流センターにて。」

かれの演奏は何度か聴いていた。
いつも、すばらしいバイオリン演奏で楽しませていただいた。
かれにとって、キンシャサ滞在最後のコンサートになるんだ。
必ず行こう。夫と即決だった。

かれからのメイルには、
「仕事の面でもやり残したことはありますが(と謙遜しつつ)、最も後悔していることと言えば、もっと遊んでおけばよかった、ということです。そこで最後の最後にコンサートを企画いたしました。」
と添えられていた。

いえいえ、わたしには、ンガリエマ修道院の中村寛子シスターから、修道院ホールでコンサートを開いて楽しまれていたこと、友人だったエフィーさんのご主人のクラリネットとのアンサンブルで楽しんでいたこと、など三浦さんの活躍は聞き及んでいた。
でも、いろいろな場面でいろいろな国からの友人とどんなに音楽を楽しんでも、満足するということは決してないことも理解できる。

そして、
「かなり手広く集客してしまい、当日うまくいくか不安ではありますが、楽しんでいただけますようにがんばります。」
と結ばれていた。


それから数日して、かれから曲目の案内メイルが届いた。

曲目
1. J.S.バッハ 「ブランデンブルク協奏曲第三番」より第一楽章
2. J.S.バッハ 「二つのバイオリンのための協奏曲」(全三楽章演奏)
<休憩>
3. Armand Diangienda 「ルバ」
4. キンバンギスト賛美歌 「Mfumu'a longo tata sepela」
5. 芥川也寸志 「弦楽のための三章(トリプティーク)」より、第一、第二楽章
6. A.ドボルザーク 「弦楽四重奏曲第十二番」より、第四楽章


曲目の3,4でコンゴ人の曲目を入れ、5で日本の作曲家の曲目を入れている。
とても興味深い演目だ。


キンバンギスト交響楽団(L'orchestre Symphonique Kimbanguiste)は、コンゴのキリスト教の一派の教会に属する楽団だ。
サハラ以南のアフリカで唯一のクラシック・オーケストラだとも聞く。
この春、モナコに招かれて演奏し、カロリーヌ王妃からハープとバイオリンを贈られたとも聞く。

キンバンギスト教会にクラシック音楽アンサンブルを作ろうという話が持ち上がったのは1985年のことだったらしい。
そしてその当時の教会代表(教祖?)の息子が中心になって、団員を集め、楽器を集めたそうだ。当初、楽団所有の弦楽器は10丁のバイオリン(実際に演奏できたのはそのうちの7丁)と弓の無いコントラバスのみだったという苦労話も読んだ。
当初、”Le Kimbanguiste Big Band”の団員は29人(20人の奏者、5人の合唱団員、4人の専門家)だったそうだ。
楽団の実質創設者が曲目3の作曲者、Armand Diangiendaだ。
いろいろな協力と出会いがあり、1994年5月に初演。同年12月3日にキンシャサの人民公会堂でコンサートを開いている。
そして、2010年か2011年には、キンバンギスト交響楽団員の日々を追った映画が、ドイツ人監督により製作されている。
”キンシャサ・シンフォニー”という映画だ。


映画”キンシャサ・シンフォニー”のポスター



そんなことはどうでもよい。
6月15日の三浦さんと7人のコンゴの仲間たちとの演奏は本当にすばらしかった。
8人が、本当に楽しんで、クラシック音楽が大好きでたまらないという気持ちを前面に出して演奏している姿に心底、感動したコンサートだった。
上の曲目のうち4番は聴くことができなかったけれど、汗びっしょりになっての熱演だった。
聴いているわたしたちはというと、交流センターの四方八方の開け放たれたドア、窓から爽やかな風が時々入ってきて心地よく、すっかり演奏のとりこになって聴き入ってしまった。

演奏者の向かって右端に、ひときわ目立つバイオリン奏者がいた。
かれこそが、キンバンギスト交響楽団のコンサートマスターだということだった。

会場は満席だった。
キンシャサの日本人も大勢来場していたが、いろいろな国の人たちが集まっていた。
三浦さんの2年間(?もうちょっとかな)のキンシャサでの活発な交流関係がしのばれた。

コンサート終了後、用意された飲み物で歓談する時間が用意されていたこともうれしいことだった。
7人のコンゴ人演奏者のうち、いちばん若い(と思われる)2人の青年と話すことができた。
16歳と17歳。高校生だそうだ。
小さい頃からバイオリンを習っているということだった。

そうなんだなあ、かれらが生まれた時にはすでにキンバンギスト交響楽団の演奏活動も軌道に乗っていたのだ。かれらは、そんな環境でクラシック音楽と接してきたのだ。
キンシャサはリンガラミュージックだけだとばかり思っていた。
しっかり、クラシック音楽も音楽好きのかれらの間に根付いていっているのだ。
それでも、コンゴの国で弦楽器,管楽器などの楽器を入手するのは難しいはずだ。

タカキもぼくたちにバイオリンを教えてくれるから、とうれしそうだった。
タカキ?そんな日本人がいたかな?、と思っていたら、三浦貴顕(たかあき)さんのことだった。
皆から、タカキ、タカキ、と慕われ、三浦さんはキンシャサ滞在中、共に音楽を楽しんできたのだろう。

現在、キンバンギスト交響楽団は合唱団員も入れて総勢200人くらいだとコンゴの若いバイオリニストたちは教えてくれた。かれらのどちらかが、コンサートマスターの弟なのだそうだ。


わたしは、わたしの亡くなった母がピアノを習いたかったという話をしてくれたことを思い出していた。
母が小さい頃、近所に教会があってそこに住む外国人宣教師の女性が弾くピアノに魅了されて毎日教会に通ってピアノを聴き続けていた。ある日、親にピアノを習いたいと言ったら、それを聞きつけた母の祖母が、外国の楽器なんて習うことは許しません、と言って、お琴を習わされた、という話だ。
戦前のことだ。
だから、わたしたち姉妹がピアノを買ってもらい、ピアノ教室に通い始めると、母も一緒にレッスンについて来て熱心に耳を傾け、帰宅するといちばん熱心にピアノに向かっていた母だった。

コンゴでは、まだまだクラシック音楽は馴染みの無い音楽だろうし、第一、キンシャサで楽器店を観たことが無い。

そんな中で、本当に楽しそうに演奏を楽しむかれらの姿を間近にみて、これこそ本来の”音楽”だと感じた。

そんなすばらしいコンサートをプレゼントしてくれて、三浦さん、ありがとうございました。
次の任地でもきっと温かい,音楽を通しての交流を楽しまれるのでしょう。
どうぞ、お元気で。

1 件のコメント:

  1. 中々お会いできませんが
    太巻き美味しく頂きました。
    この場をおかりして、ご挨拶させて頂きます。
    ありがとうございました。

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