2013年3月13日水曜日

日本文化センターの開館式

日本文化センター会館正面入り口

キンシャサのISP(Institut Superieur Pedagogique、コンゴ教員大学)敷地内に建設中だった日本文化センターが完成し、昨日(3月12日)、その開館式が行われた。

ISPは慶応義塾大学と提携しているそうで、長期滞在の慶応大学生が校内の一室で日本語習得の教室を設けて1年半前から活動していた。

慶応大学湘南藤沢校の先生と学生達が、かれらの日本語教室の拠点とするべく、また日本文化をキンシャサで発信する場所として、昨年春から在キンシャサ日本大使館の草の根無償援助資金をもらって設計、施工し完成させた建物だ。


日本文化センター建設用地(昨年の風景)

一年近く前は、こんな草地で、ここにどんな建物が完成するのだろうと楽しみに待ち続けていた。



建物は4つのパートで成り立ち、その一室が日本語教室として使われ、一室は武道伝授の場として使用されると聞いている。

実際、開館式では、キンシャサJICA事務所長と日本大使館員の二人が剣道の模擬試合を行い、来館者たちから喝采を浴びていた。
おそらく、コンゴの人々には初めて見る剣道だっただろう。

日本文化センター開館式での剣道模擬試合


最後に、日本語習得者の認定書授与が行われた。
この1年半でこんなにも日本語が上達するのか、と驚くほどの語学力を持つ学生もいて、成績優秀者3人は昨年、日本に招待され、3ヶ月間の日本滞在を経験している。
今度はかれらが日本語の教師として指導者側に回るのだろう。
一人は、法律を学ぶ学生で、日本への留学を目指して勉強を続けると話してくれた。


約2年のキンシャサ滞在を終えた日本人学生の別れの挨拶

上の写真の左3人が、昨年、日本滞在を経験したコンゴの学生たちだ。

そして上の写真中で挨拶をしている日本の若者が、日本語教授プロジェクトの創設当初からキンシャサに滞在し、推進役を務めた慶応の学生、伸吾くんだ。

かれは、この1年半の間にコンゴ人も驚くリンガラ語能力を習得し、昨年9月には、キサンガニ~キンシャサ間1700キロのコンゴ河の旅を慶応OBの作家と共に1ヶ月かけて成し遂げた素晴らしい経験をしている。
そして、かれは今春、アフリカ文化を究めるために京都大学大学院に進学するべく、今日、キンシャサを発っていった。


慶応大学日本語教授プロジェクトは、かれらの活動拠点となる”城”を構え、新たに2人の学生が活動を支えるためにキンシャサ滞在を始めている。

慶応のプロジェクトのもう一つの大きな柱である、アカデックス小学校建設と教育実践という活動も展開している。そこにも、教育学を専攻する大学院生が一人長期滞在で入ってきた。



このプロジェクトの指導者のひとり、長谷部葉子先生の著書に、こんな言葉を見つけた。

「コンゴは、世界トップクラスの鉱産資源国で、銅やコバルト、ダイヤモンドなどが大量に出る国です。日本はそれがないけれど、資源を最大限に活かす技術をもっています。二つの国は豊かさの質が違っていて、しかも、ちょうどお互いにあるものとないものが上手く噛み合っています。
ここには、双方が手を取り合って、ともに未来を歩める可能性が大いに眠っています。
だとすれば、コンゴを支援するということは、一緒に働く仲間を育て合っているということなのです。」
(”今、ここを真剣に生きていますか?”(講談社)より抜粋。)


この国の現実を見れば、中国の天然資源採掘権をねらっての進出は脅威を感じるし、その天然資源をめぐってコンゴ東部では紛争状態でもあり、列強各国の国益と相まって難しい様相を呈していて、先生の言葉のようにはなかなかいかないようにも思える。

でも、と考えてみる。

お互いの国を支える次の世代に、このような未来を目指す連帯感が育つ土壌が今、出来上がろうとしてるのかもしれない、と。
かれらが今、一生懸命取り組んでいる活動は、新しい”芽”を共通の土壌から噴き出させようとしてるように思えた。
真に支えあい、補い合って生きてゆく地球の仲間としての出発点を見ているようだった。

わたしは、その”時”に立ち合っているのだなあと感じた。
かれらの活動をそっと見守って、陰ながら応援していきたい、と思えるホットな開館式だった。

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