コンゴ河に沈む夕日 |
いよいよ、2012年も暮れようとしている。
日本では、夜7時半くらい。
紅白歌合戦が始まる頃かな。NHKの番組”行く年来る年”で除夜の鐘を聴き、そして”年の始めもさだまさし”を楽しみにする大晦日を懐かしく思い出している。
昨年のちょうど今頃、友人の車に乗って成田空港に到着しようとする頃だった。
わたしたち夫婦は、いつもおんぶに抱っこで頼ってばかりの友人親子、さださんのNHKの生深夜番組のDVDを送ってくれる友人、妹一家、そして息子に見送られて昨年の大晦日の21:55発の便で成田から出国したのだった。
あれから丸っと一年が過ぎた。
2012年の暮れはキンシャサで過ごすのだ。
コンゴの人たちもすごく浮かれている。
何と言っても彼らには一年でいちばん重要な新年のお祭が迫っているのだ。
我が家の家政婦もうきうきしている。
今日は昼までで仕事も終わり。
彼女は、わたしたち夫婦が大好きなお茶、”ブルグツゥ”の乾燥葉をスーパーのビニル袋一杯に持ってきてくれた。
開けるとミントのような爽やかな香ばしい香りがする。
わたしからの新年のプレゼントです、と。
嬉しいプレゼントだった。
彼女の故郷、バコンゴに伝わる健康茶だと紹介してもらって以来、愛飲するお茶だ。
彼女一家も今夜は教会に行き、そこで皆で新年を迎えるのだそうだ。
運転手たちも今夜は仕事はなし。
教会で夜を明かし家族揃って新年を迎えることを楽しみにしていることが伝わってくる。
夫の事務所の運転手に訊いてみたことがある。
一年を通して、あなたたちのいちばん重要な祭ってなに?
彼がいちばんに挙げたのは、新年の祭だった。
重要なものから順番に3つ挙げてみて、と訊くと、
① 新年
② 6月30日(独立記念日)
③ ノエル(クリスマス)
かれはこの3つを言った。
我が家の家政婦も同意していた。
今夜、家族で教会で夜を明かし、新年は家族揃って子どもたちも一緒にご馳走で新年を祝うのだそうだ。
友だち一家と合流してパーティーを持つこともあるそうだ。
だから女性たちは大忙しなのよ、と楽しげだ。
こどもたちは、その日を楽しみにしているというのだ。
1994年の暮れのこと。バンギに家族で住んでいた年の暮れのことだ。
わたしたち一家は中央アフリカ共和国に長年住んで詳しいJICA専門家員に先導されて、日本の大使夫妻たちと共にバンギを2日がかりで北上し、チャド国境近くの川に棲息する何百頭もの”かば”を見に旅をしたことがあった。
一日目の夜は、国立公園とは名ばかりの地域の入り口付近に、以前ドイツの支援で動物保護のプロジェクトが入り込んでいて、その廃墟として残る宿舎に泊まった。
2日目は国立公園奥の”かば”が棲息する川近くのフランス人ファミリーが経営するロッジに泊まったのだった。
とても素晴らしいロッジだった。
ロッジを経営する若いフランス人オーナーが、「国立公園とは名ばかり、チャドからの密猟者が入り込み、動物が激減している、日本の支援を受けられないものか」、と真剣に大使に直談判していたことを思い出す。
そして帰り道に、ある村で大晦日の夜を迎えた。
日もとっぷり暮れて、わたしたち一行は道路に面した地元食堂のテラスで食事を取っていた。
その間、何組もの子どもたちが行列を作って歌を歌いながら練り歩いてくるのだ。
とっても楽しそうに、こんな歌を歌いながら。
♪ Bonne annee
Bonne annee, Papa
Tu es gentil.
Donez- moi du pain ♪
”du pain” のところが、時に、”Donez-moi dix franc” に代わったりしながら練り歩き、新年おめでとう、とおねだりする歌を歌い、大人たちからお菓子やお金(多分)をもらっていた。
そのことを家政婦に話したら、初めて聴く歌だ、わたしたちは歌わない歌だと言っていたが。
それでも、子どもたちには、クリスマスと同じくらいに、待ちに待った楽しい新年の祭なのだと感じる。
この一年、夫婦元気にキンシャサで過ごすことができた。
街中を自由に歩くことはできないが、危険な思いもすることもほとんど無かった。
いま、新聞やテレビのニュースで、わたしたちが家族で3年間滞在した思い出深い、隣国の中央アフリカ共和国の国家危機が報道されている。
すでにフランス人やアメリカ人などが国外退去をしたと聞く。軍事クーデターで政権を取った現大統領がまた反乱軍から政権を奪回されようとしているのだ。
アフリカ大陸のあちこちの国で紛争が起こっている。原因は複雑に絡み合い、解決の糸口は簡単には見つからないように思われる。
地球全体が平和になることなんてあるのだろうか。
2013年が皆様にとって良い年となりますように。