2020年3月12日木曜日

ブカブに生きるムクウェゲ医師

 コンゴ民主共和国の東部の、自身の故郷であるブカブに1999年にパンジ病院を設立し、産婦人科医として、というより、現地で続く紛争で想像を絶する強姦被害に遭った女性を治療し、精神的ケアにも当たり、映画のタイトルそのままの「女性を修復する男」(かれの活動を追ったドキュメンタリー映画、2015年ベルギー制作)として活動し、2018年にはノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師の自伝小説を読み終えた。




読みながらずっと感じ続けたことは、ムクウェゲ医師の信念を貫き通して生きてきた強い姿勢への感動だ。

「すべては救済のために」(あすなろ書房刊)
(原題は、”Plaidoyer pour la vie” 命の擁護)
デニ・ムクウェゲ著 (ベッティル・オーケルンド協力)
加藤かおり訳
2019年4月15日初版発行

失礼だけど。こんな強面のお方なのだけど、幼い頃からの子どもらしい思い出が文章のあちこちに散らばっていて感受性豊かな子どもだったんだろうなあ、と思うとともに、奥様との出会いにもかれの純粋さを感じ、さらに、我が身に起こる強運を強調して書くくだりにも、ムクウェゲ医師の滑稽なほど真摯な姿勢が見て取れて、かれの人間性への魅力が垣間見えるところだ。
さらに、牧師である父親や信心深い母親たち家族の中で育ったムクウェゲ医師の人生哲学も圧巻だ。
小さい頃に医師になって故郷の人たちのために働くと決心してそれに向かって進む彼のぶれない強さは、フランスに留学して医師としての研鑽も積みながらフランスに残って家族とともに穏便に生きるという選択のほうに魅力を感じても当たり前であるはずなのに、かれは家族で話し合って、自分の生まれ故郷に戻ってきているところにも感じられる。
さらには、その後も脅迫が続いて自分の身に危険を感じて家族とともに他国へ避難しても、わずかな逃避期間を経て、かれはいつも命の危険の待つ故郷のブカブに舞い戻っているのだ。

それから、この本の中で、ムクウェゲ医師の歩みとともにコンゴ民主共和国の現代史も細かく描かれていて、この国の抱える奇妙な運命と悲運についてもしっかり納得しながら読めるのも興味深い。

アフリカ大陸の中のコンゴ民主共和国の位置(「すべては救済のために」より)

アフリカ大湖地方~南北キブ州周辺(「すべては救済のために」より)

ジョセフ・カビラ政権から脅迫や圧力を受け続けたムクウェゲ医師が「唯一の希望の光」と語っていた大統領選がようやく2018年12月末に実施され、2019年1月に野党候補のフェリックス・チセケディ氏が政権を握った。

しかし、現在も変わらず、南北キブ州一帯の治安は安定せず、ムクウェゲ医師の苦悩も続いているのだと想像する。
世界有数の天然資源大国でありながら、その採掘代金は真っ当な政府ルートを通されないまま他国へ運ばれていくと聞く。キブ州には、天然資源採掘問題に加えて、隣国からの難民も流れ込み、政府絡みなのか外国の資本絡みなのか、きな臭い武力紛争が続いていると思われる。
ムクウェゲ医師の自伝の物語を加藤かおりさんの訳で読めてよかった。
(かのじょは、ブルンジで生まれ育ったガエル・ファイユの自伝「ちいさな国で」でも素晴らしい訳をみせている。)

これからもムクウェゲ医師の真摯な活動をしっかり見守っていきたい。