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2013年5月25日土曜日

キンシャサでいちばん最初の教会ー再考ー

 
キンシャサでいちばん最初の教会

キンシャサでいちばん最初に建てられた教会 (la premiere chapelle )のことをもっとよく知りたいと思って、キンシャサ・オープンゴルフが終わって、2日ほどここへ通って調べてみた。
"la chapelle"ということだから、わたしもチャペルと呼ぶことにする。


車から降りてチャペルの周りを回ってみた。
すると、思いのほかコンゴ河がチャペルの後ろに迫っていることがわかった。
コンゴ河岸の草の生えた低地部分から50メートルほど入ったところで土地が一段高くなっていて、そこにチャペルが建っていた。

錠のかかった鉄扉から覗くとチャペルの後ろに広くゆったり流れるコンゴ河の川面が見えるのだった。

コンゴ河岸から一段高いところに建つチャペル


チャペルの奥行きは正面の幅より長い。
長方形の建物だ。


チャペル側面


2度目に来たとき、わたしが車から降りてチャペルを覗いていたら、チャペル前の道路を隔てた正面の扉が開いて、1人の年寄りのコンゴ人男性が現れた。
チャペル関係者だと言う。
チャペルの中に入りたいのなら、20米ドルを払いなさい、と言う。
20米ドルというのは約20000コンゴフラン!!
そんな高い入場料を言ってくるなんて。
今度来たときに見せてください、といって断る。
(というわけで、チャペル内部を見ることはできなかった。)


チャペル正面扉左の塀に埋め込まれた説明パネルをもう一度読んでみる。


"PREMIERE CHAPELLE

DE LEOPOLDVILLE

CONSTRUIT EN 1891

PAR LE REVEREND SIMS AARON

REPRESENTANT LEGAL DE

L'A.B.F.M.S."


「レオポルドヴィルのいちばん最初のチャペル。

1891年、ABFMS公認の代表者、シムス・アーロン牧師によって建立される。」



さて。ABFMSとは何の略語だろう。

"American Baptist Foreign Missionary Society"

(アメリカ・バプテスト外国宣教師協会)

なんとこのチャペルはカトリックではなく、プロテスタントのバプテスト派の礼拝堂だったのだ。
しかもシムス・アーロン牧師はアメリカ人かどうかはわからないが、アメリカ・バプテスト外国宣教師協会からの派遣者だったのだ。

また、レオポルドヴィルというのは、1966年以前のキンシャサの都市名だ。
(1966年にモブツ大統領が国名をザイール、首都名をキンシャサと改名している。)


インターネット情報では、このチャペル名を"la Chapelle Sini"、或いは"la Chapelle SIMS"としているが、上のパネルにはチャペル名は書かれていない。

このチャペルのことを知っている我が家の運転手に訊いてみた。
かれはこう言うのだ。

このチャペルに名まえなんてない。
ただ、"Premiere Chapelle"と言うだけだ。

またかれは、ABFMSのreverend(牧師)によって建てられた、とあるのだから、この教会はプロテスタントだ、と最初から言っていた。
(彼自身、熱心なバプテスト派の信者だ。)

当初、このチャペルの屋根は藁葺きだったようだ。
でも建屋は当時のままのはずだ、と運転手は言う。
この教会は、もう現在は礼拝には使われていないだろう、とも言う。
そして、このチャペルのことを知っているコンゴ人は少ないだろう、とも。

コンゴ河で川幅がぐっと広がっている地点、そしてすぐ下流に滝があって船が下流へは進めない、言い換えるといよいよこの地点から上流のキサンガニまで船旅が始まるという地点の河岸に百年以上もひっそりと建つ小さなチャペル。

キンシャサの中心地区から外れた,緑深い住宅街の一画に建つ"le Premiere Chapelle"、第一チャペル、再考、でした。

2013年5月17日金曜日

キンシャサ最古の教会

キンシャサでいちばん古い教会


今週火曜日、IWC(国際女性クラブ)の造船工場見学のあと、フランス人メンバーの車に便乗して帰宅する途中で、近くにキンシャサ最古の教会があるからその前を通って帰ろうということになった。
そんな教会が今も残されていたなんて。
知らなかった!


コンゴ河岸からすぐの一段高くなったところにこの教会は建つ。

キンシャサからコンゴ河を下流に向かって行くとすぐに滝があってこれ以上は下流に船を進められないという地点からほど近いところ。
言い換えると、上流のキサンガニ~キンシャサ間の滝のない区間だけ船の運航が可能だというキンシャサの最終地点からほど近いところ。
さらに付け加えると、1870年だか80年代にベルギー人探検家スタンレーがコンゴ河を探検したときに基点にしたという地点からほど近いところ。

そんな場所に、1891年に教会が建てられた。


とてもこじんまりしたかわいらしい教会だ。
20m四方くらいしかないのではないか、と思うくらい小さい。
屋根に十字架は立っていない。
その代わり、中央入り口ドアの上の三角部分に十字架模様の鉄枠がはめ込まれている。
アメリカの絵本の”ちいさなおうち”(岩波書店)を思い出させるような外観だ。

辺り一帯、今では住宅地になっていて、近くにはドイツ人一家が経営する雑貨屋、”SYMPHONIE DES ARTS”もある。
緑深い地域だ。
百年前はなにもない場所だったのだろう。
何人の神父がどのようにしてここへたどり着いたのだろう。


わたしたちが中央アフリカのバンギにいたころ・・・1994年だったと思う。
キリスト教布教百年祭がバンギのノートルダム大聖堂で開かれた時のことがよみがえってくる。
コンゴ河の支流のウバンギ川を遡って2人だか3人の神父が1894年に上陸した。
その地点に初めて建てられた教会がサンポール教会で、赤レンガの質素な美しさを持つ建物がその当時、ウバンギ河の傍に建っていた。
百年祭ミサが行われたバンギ・ノートルダム大聖堂の壁には、ウバンギ川に浮かんだ小舟からまさに上陸しようとする2,3人の神父を描いた垂れ幕が大きく掲げられていた。


キリスト教のキンシャサ上陸はそれより3年前だったのだ。


中央アフリカ共和国もコンゴ民主共和国、そしてコンゴ共和国も、カトリック、プロテスタント合わせてキリスト教徒が多い。
1960年の独立時点で、コンゴのカトリック教徒は四百万人に上り、全人口の40%近いものだったと言われる。

この春、キンシャサの大司教であるローラン・モンセングオ・パシンヤ枢機卿がローマ教皇庁の改革の仕事において教皇を助ける8人の枢機卿のうちの1人に選ばれている。
もちろん、この8人の枢機卿のうち,モンセングオ枢機卿はただひとりのアフリカ出身者だ。
モンセングオ枢機卿の人となりをコンゴの人たちに尋ねると、読書家で勉強熱心な人だという答えが返ってくる。コンゴ人からの信望も厚いのだなあと感じる。
「モブツ・セセ・セコ物語」の本の中でも、モブツ大統領に対して厳しい提言をし続けてきた人物として描かれている。


キンシャサ最古の教会を後にして、そんなこんなを思い出しながら帰路に着いたのだった。


鉄扉の左側の銅版に教会の説明書きがある